迷える仔羊はパンがお好き?
  〜聖☆おにいさん ドリー夢小説

     8




この時期に特有の湿度の高さのせいだろか、
陽が落ちている分 涼しいはずだのに、
ともすれば体内からじわりと熱を引き摺り出したいような、
そんな馴れ馴れしい蒸し暑さが忌々しい。
もう随分と遅い刻限になっている更夜だというに、
どこか熱量の高い夜気が満ち満ちていて。
まだ寝るには早いぞと言いたいか、
あんまりいい間合いとは言えないタイミングの どこか遠くで、
車の走行音が右から左に流れてゆき。
誰ぞへの挨拶代わりか、輪郭のぼけたクラクションを ふぁ…んと一声、
掻き鳴らしていったのが微妙に遣る瀬ない。
冬場の冴えたそれとは全く質の違う、
べったりと濃密な夜陰が垂れ込めている中、
あまり節度があるとは思えぬ煌々とした明るさがでんと開けていて、
常夜灯の光さえ飲み込む勢いのライトで照らされたそこは、
街路に向けて口を開いた通用口であるらしく。
夏の夜の蒸し暑い夜陰を更に蒸し上げる脂っこい蒸気や、
語気荒く交わされる喧噪が漏れ出してのけたたましいばかり。

 「▽▽はまだかっ。」
 「あと2分で上がりますっ。」
 「▲▲▲、揃ってねぇ。遅いぞっ。」
 「○○に言え、○○にっ。」

ある意味 立派な修羅場だとも言える、
そこは大きめの厨房で。
もうもうと立ちのぼる熱気は外気の慎ましい蒸し暑さの比ではなく、
ついでに闊達な空気も
夜更けであることを忘れさせるようなテンションの高さ。
日頃からも不夜城の如くに
昼夜の別なく忙しい処であるらしかったが、

 「もっと丁寧に盛り付けな。
  今日の宴席は
  ボスの面子が掛かってるんだぞっ。」
 「へいっ。」
 「すいやせんっ。」

奥向き、
つまりはその宴席に間近なダイニングからの叱責が聞こえる。
上階に設けられたホールで催されている
華々しいレセプションに供される料理の数々なのへ、
日頃以上に気を遣えという声が掛けられたようで、

 「…っ。」

それが合図であったようなタイミングで、
裏路地の夜陰の中に沈んでいた誰かが、
背中をつけていた壁からその身を起こした。
ただそれだけで…群雲の中から現れ出でた望月のように、
わざわざ潜めていたその気配までもが浮き上がったような気がして、
僅かほど逡巡したものの、

 “…迷っていてはダメ。”

私には、そう、使命がある。
ここに囚われの身となっている
とある高貴な方を助け出さねばならないという、
それは崇高で厳しい試練を乗り越えねばならぬ。
カモフラージュにとまとった、下働き用のお仕着せ、
油のしみだらけのコック服の胸元に小さくぐうで拳を作ると、
新たに搬入されて来た食材を運ぶ振りで一気に中へと紛れ込み、
いかにも上の人からの指示があっての急ぎ足を装い、
混雑を極めた厨房の中を縫うように進む。
調理に必要な光源しかなくて、明暗がまだらになった場所。
慣れない身には進むだけで眩暈がしそうだったし、

 「そこ、
  手ぇ空いてんならそれを表のワゴンまで運べっ。」

 たまにそんな声が叱責半分で掛かるが、

 「◇◇さんの伝言なんですっ。」

そうと返せば、チッという舌打ちつきながらも
“行ってよし”と見逃してもらえる。
此処での守り札のようなもので、
その名を知っていることがそのまま、
見ない顔だが、ああ臨時雇いの助っ人かという納得も招くらしくて。
頭の中へと叩き込んだ見取り図通りの通路をどんどん進んで、
ダイニングまでを通り抜けると、
そこは厨房とは違い、乾いた明るさが全面へと広がっていて、

 「そっちは3階の注文だ、
  部屋を間違えるなよ? あっとそれから、」

 「次のメニュー出すぞ、
  セッティング揃えろよっ。」

きりりと身なりを整えた黒服姿の配膳担当がきびきびと立ち回り、
黄昏色に染まった銀器や
湯気の立つ料理たちを満載にしたワゴンを次々運び出している只中で。

 「おいそこのっ。」

さすがにコック姿の存在は此処より先へは進めないのだろう、
あっさりと見とがめられ、ぎくりと肩が跳ね上がったものの、

 「ああ済まないね、マネージャー。私の連れだ。」

すぐ傍からそんな声がし、縮こまった肩へ誰かの手がポンと置かれ、
ますますのこと身がすくむ。
だって、そんなの打ち合わせにはない。
新米もいいところな私は、
此処で飲み込みの悪い助っ人の役を演じて
僅かながらでいいから人目を集め、
主力の先輩たちの潜入を助けるまでが今宵の仕事。
幾つもの段取りをこなしたり、
状況の変化に合わせて機転を利かせたりなんていう
本格的な技巧はまだまだ身についちゃあいないヒヨッコに出来る、
精一杯の任務であり。
これだけ忙しい中なのでそれはないとは思うけど、
万が一、不審な奴めと袋だたきに遭っても助けは来ないし、
それもまた仕方がないという覚悟はそれなりにあったが。

 “何なに? この人。
  何なに? この展開。”

此処でお役ごめんのはずじゃあなかったっけ?と、
想定外な展開に、どひゃあと心臓が飛び上がったが、
そんなこっちの気も知らず、

 「ああ、ムュシュか。
  何だ、じゃあその子、あんたの弟子なのかい?」

黒服といういで立ちじゃああるが、
どっちかといやウェイターやマネージャーというより、
いっそ暗黒街系の人物みたいな迫力を滲ませてたおじさんが、
あれれ本当に料理系の人であるらしい口ぶりとなって
こちらを見やる。
それへ、

 「まあ まだ見習いだがね。」

けろりと返し、口許へは軽やかな微笑。
私の肩へ置いたままだった手を、もう一度トンと上下させ、
こっちだよと促され、
私もそのマネージャーさんに見送られる格好となって、
二人で はけたのは、
ホールへと向かう廊下の側のスィングドアの外。
ますますのこと浮いてしまい掛かったが、
出てすぐの壁にあったドアをそれは手際よく開いたその人が、
ほれとやはり手際よくこちらの肩を押したので、
そんな所作のみでやすやすと制御されまくりつつ、
ドアの奥へと押し込まれた私だったが、

 「一体、あなた何物…。」
 「ミス・、緊急の指令変更だ。」

こちらの言葉を遮ったその人は、
さっきまでの穏やかな鷹揚さをあっさりと掻き消すと、
こちらの見幕をやすやす凍らせるほどの冴えた声音で先を続ける。

 「君が潜入のための
  オトリ役を受け持っていたことは訊いている。」

 「あ、は、はいっ。」

そか、この人、潜入班の。
やだ、だとしたら相当に上級の人じゃないのかな。
だって打ち合わせの場にこんな人いなかった。
ということは、
誰がそうかなんてまだまだ下っ端の私なんぞが知るはずもないくらい、
それは凄腕のエージェントなのに違いなく。
そこは素早く飲み込んで、慌てて姿勢を正すと、
その人もうんと納得の仕草を見せつつ、だが、

 「変更というのは他でもない。
  君にも突入の手勢となってもらうこととなった。」
 「…はい?」

え? ちょっと待って下さいな? 
此処に囚われの身となっている高貴なお人は、
下手をすれば生命さえ危ぶまれているという、
それは危険な監禁を強いられておいでと訊いている。
救出されるくらいならいっそと運ばれかねない危険から、
気配さえ匂わせてはならない作戦だのに、
私のような素人同然の者を連れてって…

 「期待しているよ、。」
 「〜〜〜〜〜。////////」

にこりと微笑ったその人の、
表情や雰囲気に滲む余裕に満ちた頼もしさが、
下手な言い訳と尻込みとを
私からあっさりと掻き消したのは言うまでもなかった。
お仕着せのコック服を手早く脱ぐと、
闇の中を逃げるためにと着ていた
地味なスムースジャージのトップスと黒地のパンツといういでたちは、
ますますとこういう
…シティホテルに毛の生えたよなところでは
浮いてしまう恰好だったので。
飛び込んだのが備品庫だったのを幸い、
女性従業員用だろうシンプルなワンピースを拝借する。
あらためてその姿を見やった相手は、
そちらも…客とも従業員ともどうとも解せよう黒服で、

 「喧噪の中とはいえ、
  手ぶらで紛れ込むのは却って眸を引くからね。」

はいと手渡されたのは、
取っ手つきドーム型の覆いで蓋された銀のトレイ。
そして、彼はといや、
籐の籠を胸元へと抱えており、
さあ行くよと廊下へのドアを再び開けてこちらを促した。
上階のホールで催されている晩餐会があって、
それへの料理にてんてこ舞いしていたバックヤードだったが、
こちらはそれを煙幕がわりに利用してしまえという寸法であるらしく、
大胆にも料理を運搬する一団と一緒にリフトへ乗り込み、
三階でどっと降りたその騒ぎの中、
再び、今度は掃除用具置き場だったらしい小部屋に身をすべり込ませて
人目をやり過ごす。
バックヤード空間はひっきりなしに人が出入りする喧噪にあふれていたが、
その用具室が通じていた反対側の廊下は客室側なのだろう、
打って変わって一応は静か。
小道具にと渡されたトレイを置いて置いてと身振りで示され、
適当な棚へ置き去りにしてから、
ドアの脇に息を殺して立つ、
大先輩らしき彼の傍へ私も歩み寄る。

 “この人…。”

人気のない闇の中にダークスーツ。
かなりの痩躯である上にそんなシチュエーションの中に身を置いているから、
まるで月夜の幻影のようでもあって。
ここまでその風貌に関心が向かなんだのは、
緊張も勿論あったれど、
それ以上に 彼が“気配を殺すというのはこういうこと”という
いいお手本だったからだろう。
辣腕な上級者だけあって若造ではなく、
とはいえ、壮年というほどのベテランでもなさそう。
やや切れ長の双眸に薄い頬と通った鼻梁。
彫が深くて冴えた印象がするそんな顔容に、
うなじで束ねられたは癖のある長いめの黒髪と来て。
名のある料理関係者に身をやつすには好都合な風貌とも言えたが、

 “でも…。”

さっきのフロアマネージャーは、
上客の顔と同じほど
著名な料理関係者にも通じてないとつけないランクではなかったかしら。
そんな人物が“ムッシュ”と呼んだということは
、それなりに著名だってことじゃあなかろうか。

 “世を忍ぶ仮の姿かなぁ。”

用具室なんて暗がりにいるせいか、
余計にその辺りが断じかねる。
顔と首元の白だけが際立っていて、
夜の帳(とばり)からにじみ出して来た
何かしらの魔物のようにさえ見えかねない彼は、
どちらかといや、
それは冴えた蒼い月光が似合いという印象さえして。
荘厳で瑞々しい緑の中を、
あてもなくただ歩くのが似合いそう。

 “…って、何をのんきな。”

大事な任務、しかも突然 難度の上がった緊急事態だってのに、
連れの頼もしさに飲まれてどうするか。

 「行くよ。」
 「あ、はははっはいっ。」

胸のうちにてのカウントダウン。
その次の間合いでどんと勢いよく外へと飛び出せば、
人の気配はなかったけれど、
それを拾う間もなく彼に手を取られて駆け出すこととなっており、

 「…っ、何だ?」
 「おい、誰だ?」
 「貴様ら、止まれっ!」

突き当たりのドアまでほんの数mという短さの間に、
どやどや出てくる黒服の数が半端ではなくて。
ああそうか此処こそが…と、
私へも状況を納得させる。
そんなくらいに一般人に過ぎない私に何を手伝わせようというのかな、
まさかいざって時の楯の役? 
お母さん、お父さん、
親孝行するどころじゃなくなってごめんなさい…と心の中で手を合わせ、
なむなむとお念仏まで唱えかけたら、
いきなり目的のドアがバンッと内から爆ぜた。

 「む…?」

それは彼にも予想外だったか、
飛び出して来た面々ともども(ん?)そちらを一瞬見やったものの、

 「てめえっ!」

ぶんっと振り出された拳を前にすると、
男臭いお顔がきりりと引き締まり。
素早く立てた左の前腕で防いだだけに止まらず、
弾き返しての薙ぎ払い、
踏み出していたそのまま床を蹴っての高々と飛び上がると、
次の手勢らをかかと落としと肘撃ちとで瞬殺してしまう鮮やかさ。
すたんと危なげなく廊下の上へ舞い戻ったその身を、

 「ごるぁあぁっ!」

何やら意味不明の怒号つきで別の手合いが襲ったものの、
うなじに髪の房を躍らせてという切れのいい動作であっさり躱すと、

 「きゃあっ。」
 「おっと。」

勢い余ってこっちへ突っ込んで来たそやつの後ろ襟を
振り向きざまに難無く捕まえ、
ぶんと横へ振った遠心力にて壁へと叩きつける凶悪さ。
ぐあっと白目を剥いて床へ崩れ落ちた
むさいガードマンを恐る恐る跨いでおれば、

 「、こっちだ。」

指の細い、だが、頼もしい手が延べられていて。
それへ掴まると、軽々と引き寄せられてのあっと言う間に、
彼の間近という安全圏へ辿り着く。
こちらの行く手を遮ろうという魂胆の、
護衛らしい柄の悪いのが次々に飛び出して来るものの、
よくよく見もせずに、ほんの身じろぎだけで脇へと躱しては、
たたらを踏みつつ失速した相手を 蹴り倒し踏みつけて、
どんどんと進む快進撃の爽快さよ。だが、

 「…あっ。」

到達したドアへと飛び込めば、
そこには新たな局面が待ち受けており。

 「ようも入り込めたな、ネズミめが。」

シックな内装に、高級そうな調度が据えられた、
一応はシングル以上の格の部屋。
その奥向きの窓辺を背に、二人の人物が立っており、
しかも片やはその両腕を不自然に背後へ回したままなのが、
拘束されておいでなことを忍ばせる。
ゴブラン織りの張られた高級そうな猫脚ソファーを前にし、
若々しいその人質を無残にも盾にした男が、野卑な声で息巻いたのが、

 「業界じゃあその名を知られたパティシエ、
  セイント・イエスよ。
  貴様が実はエージェントでもあることくらい、
  とうに掴んでおったわ。」


   …………………………えっ?


 「嘘、やだ、それホントですか?
  イエス師匠、実はエージェントでもあったんですか。
  そういやジョニデそっくりで、
  キリリとしているイケメンなのに、
  テレビなんかで騒がれてないなんておかしいなって。」

 「ちゃん、ちゃん、
  今はそれどころじゃあなくって。」

あ、そうだった。
いっけないと口許へ手を当てている間にも、
イエス師匠、…なんか芸人みたいだな。
イエス先生は、繊細そうな、
でもでも大きくて器用そうな手を自身の襟元へ伸ばすと、
首元へ飾られた蝶ネクタイをぐいと引いてむしり取っていて。

 “うあぁ、かぁっこい〜いvv”(…おいおい)

どれほど油断しまくりだったものか、
唐突な乱入者によほどのこと度肝を抜かれたらしく。
それでもそれだけの啖呵が切れるところは多少は大立者ではあったよう。
とはいえ、やや声が上ずっていたのは、
疚しいことを手掛けている心理の裏返しか、それとも。
乱入した彼のまとうた、
いかにも堂々としている態度に気圧(けお)されたからだろか。
彼の側の日常、
いやさ明るい将来へ連なる途上へ唐突に舞い降りた魔神よろしく、
上背のある引き締まった肢体を黒っぽい深色のスーツで包んだその御仁は。
黒っぽい髪や彫の深い風貌、
立ち居振るまい、身ごなしの凛と冴えた態が、
何とも重厚で頼もしく、

 「そちらこそ観念するのだな。
  ブッダ殿下を解放しなさい。」

 「そそ、そうよっ。
  その人に危害なんか加えたら容赦しないんだからっ。」

螺髪という髪形がしっくり来る詰め襟の衣装は、
どこぞかアジア系王室のそれなのだろう豪奢なもので。
嫋やかで気品のある、知的なお顔が、
だが今はやや強ばっておいでなのも無理はない。
剥き身の刃を喉元へ突きつけられては、
どんな猛者だとて身が凍ってしまうというもの。
それでも、眼差しの聡明さだけは健在で、

 「私の身なぞ盾にはならぬと言うたであろう。
  私が失われても、遺志を継ぐものはたんといる。」

 「う…うるさいっ。」

ブッダさんの毅然とした声に、
黒幕の中年男は顔を真っ赤に煮たぎらせると、
ナイフを持つ手を筋ばらせたが、

 「哈っ!」

その刃から遠ざかるよに見せかけて、
その実、頭を重いきりのけ反らせ、
相手の顎へと衝撃与えたブッダさんも見事なら、

 「ぐあっ。」
 「これでも食らえっ!」

顎というのはそこへ受けた衝撃がそのまま頭の芯へ響く場所。
ガーンッとぶたれたことで、何が何やらと一瞬前後不覚となったらしい黒幕へ、
ラグビーボールみたいなフランスパン、
カンパーニュをていっと投げ付けたイエス先生。
あ、あ、作品をそんな粗末に扱ってはとハラハラしたが、

 「イミテーションだよ、心配なく。」
 「あ、よかったぁ。」

どんなに面の皮が厚くとも、
古くなったカンパーニュには敵うまい。
いやいや、たといイミテーションであってでもっ。

 「ブッダっ。」
 「イエス、来てくれたのですね。」

ずでんどうと引っ繰り返った黒幕にはわき目も振らず、
両手首を後ろ手に縛られておいでのブッダ殿下へ駆け寄ったイエス先生、
痛々しいばかりの拘束を手際よく解くと、
無事で何よりとその身を軽く抱擁して差し上げ、

 「さあ、長居は無用です。」

それは頼もしい笑顔で、殿下とそれから私へも笑いかけて下さって…。

 「皇太子はどこだっ!」
 「連れ出させちゃあ一巻の終わりだっ!」

遅ればせながら殺到した気配があって、
何やら罵声を飛ばしてたみたいだが、
そんなことはもう知っちゃあいない。
殿下の御身はイエス先生が抱える格好で、
そして私はそちらの訓練は積んでいたのでお任せをとの単独で。
ロッククライミングの要領で、
テラスへ鈎爪で固定したロープにて、
一気に外へという脱出をとうに図っているところ。
スーツの裾や髪をはためかせ、
夜陰へその身を躍らせる先生は、
何とも凛々しくカッコよく。

 「さあ、此処まで来ればあと一息。」

月光の青に満たされた石畳の広場へ降り立って、
そのまま駆け出す私たち。そこを突っ切れば、
貨車が居並ぶ操車場へと出る。
夜間移送の車両スケジュールを、ネット上から割り込んでの操作して、
本来 予定も予約もなかったワインのコンテナを余分に連結した輸送便が
そろそろ出るのへと潜り込めば、
この町の権力者である連中が敷くだろう独自の検問にも掠らず、
おさらば出来るという手筈になっているのだそうだ。

 「イエス、また助けられてしまいましたね。」
 「あなたこそ、無茶もほどほどになさいませ。」

王族という高貴な身分であることに優雅にも浸り切るばかりではなく、
慈善活動や平和運動にも励んでおいでの殿下には政敵も多く。
今回はとうとうその身を攫われてしまわれたものの、
その事実を世間へ明らかにすれば、
交渉しようがしまいが様々な形でのちのちへも影響を残しかねぬということで。
優秀なエージェントらが掻き集められての超高速解決へと導いた仕儀であり。

 「もこれで、腕の程が認められようから。
  次はもっと難しい任務が割り振られるぞ?」

 「うあ、それは何かちょっと複雑かも…。」

困ったよおと頭を抱えれば、
イエス先生もブッダ殿下も朗らかに微笑って下さって。
やがて、潜り込んだ貨車がゴトンと揺れて動き出し、
静かな夏の夜を そおっと後にすることと相成ったのだが……





   あれれえ?

   なんでこんな、つか、私、どうして………





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 *ふっふっふっふっvv


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